【推しらせです。】

好きなものを、好きなだけ、好きと叫べ!!!!!!!

一生に何度でも、映画館でジブリを。

 

 

「一生に一度は、映画館でジブリを。」

 

そう銘打たれて、今映画館でジブリ4作品が上映されています。

 

 

まだまだコロナの影響が色濃く残り、自粛規制が解かれてなお、

第二波かのように都市部では陽性者が出ています。

感染を広げぬよう、遠方への不要不急での外出は自主規制をしている。

好きなことができない、行きたい場所へ行けない、会いたい人に会えない。

我慢づくしの今年前半戦。

 

自分の生活がこんなにも短期間で変化してしまうとは思いませんでした。

変化したものはすぐに元に戻るだろうと思っていました。

今現在、戻っていません。むしろ、この変化した世の中で生きていかなければ

ならないのかなと思っています。戻ることより、変化への順応。

私は、変化に即座に対応できないです。まだまだ戸惑ってばかりいます。

 

仕事も一変しました。趣味も自主規制をかけていて、思うように謳歌できて

いません。全部全部「コロナのせいだから」そう口にしてやり過ごす毎日。

 

そんな中で届いた一報。

ジブリ4作品を劇場で再上映します」

密室空間に足を踏み入れるのは、まだまだ怖いと思っていた時期のことでした。

 

 

 

私は、幼い頃からジブリ作品を見て育ってきました。

 

金曜ロードショージブリ作品が放送されれば見て、ビデオに録画し、

その後繰り返し見る。

 

社会現象を巻き起こした『もののけ姫』が公開された1997年、

私は小学生でした。

田舎町の地元でも満席の映画館。いとこ、叔母、母、兄弟と連れ立って

劇場に行き、案の定満席の中、立ち見で入り階段に座って見たことを覚えている。

幼い頃から寄り添ってくれたのがジブリ作品でした。

 

保育園児のときと、小学生のとき、高校生のとき、成人してから。

同じ作品を何度も見ているのにも関わらず、その時そのときで持つ感想が

違うんです。また、以前持った感想にプラスアルファするかのように、

あれこれと考え込んでしまう。

ジブリ作品に育ててもらった」そう言っても過言ではありません。

 

ジブリが伝えようとしていることは、一貫している気がします。

けれどもそのどれもが色褪せることなく、なお色を濃くして胸を貫くんです。

 

私は15歳の時、家を出ました。のっぴきならない理由があり、

自分で希望して遠方の高校へと進学しました。

下宿した先で毎晩『紅の豚』を見ていました。半年間、毎日。

ジブリ作品には、どこかほっとする暖かさがある。

私が田舎に育っているからか、田舎の香りがするその風景や雰囲気が

実家を思わせてくれて落ち着きました。

 

「私がもし結婚をして、子どもを産んだら。お祝いのお金はいらないから、

 ジブリ作品のDisc全本セットがほしい。ジブリで子育てがしたい。」

そう親に頼んでいたりもします。

 

そんな大好きなジブリ作品、『風の谷のナウシカ』『もののけ姫

千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』の4作品が今劇場にて再上映されています。

今日も1作品、観てきました。

 

 

ジブリ作品が劇場にて再上映されると知ったとき、声をあげて喜んだ。

絶対にそんなこと、ないと思っていたから。

 

もののけ姫』を見に行った当時小学生だった私。

自分のお小遣いで映画を見に行こうにも、チケット代金が高く手が出せなかった。

金曜ロードショーでの放送を心待ちにしていた。

録画したビデオを何度も繰り返し見ていた。

そんな中で思っていた。

「この作品を映画館で見たい。」

 けれど、すでにとうの昔に劇場公開は終了している。

叶うことのない願い。

 

過去、劇場での上映をし、公開終了をしている作品が再上映されることは

よほどのことがない以上ないだろうと思っていた。

だから、その気持ちを押し込め、テレビ画面に食い入っていた。

 

もう何年、何十年願っていただろう。

無理と諦めていた。だって、、、願ったって叶わないでしょう?と思っていた。

 

その願いが、2020年叶ったんだ。

 

「映画館で見たいと思っていたジブリ作品を、今、劇場で見れる。」

 

青天の霹靂だと思う。ありえないことだと思う。

ありえないことが、ありえてしまったんです。

 

 

「何度も見ている作品を劇場で観ておもしろい?」

これは私が実際に家族から聞かれたことです。

即座に答えた。

「おもしろいよ!」と。

 

風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』。

どの作品も繰り返し見ている作品です。

風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』に至っては、公開が早かったのもあり、

本当に何度も、何十回も繰り返し見た。

今回劇場で観て驚いたことがある。何十回を見た『もののけ姫』のワンシーン。

エボシ御前のセリフが思っていたものと違ったんです。あれだけ見ていた作品で、

セリフの暗唱もしていたのにも関わらず。

また、『千と千尋の神隠し』では、今まで深く反応したことのなかったシーンで

飛び上がるほどに驚いてしまった。思わず口を突いて「ビックリした…。」と

言いそうになったほどに。(寸前のところで飲み込んだけど。)

どれも劇場で観ていなければ経験しえなかった新発見である。

 

私は今、「劇場で見ていなかった・見ていても幼すぎて記憶に残っていなかった

作品を、劇場で見たいと願っていたら再上映された」喜びと、「何度も観て

いた作品を再び劇場で見ることで今だからこと得られる発見」での楽しさで

いっぱいです。

 

このコロナの中、劇場での再上映を思い・決断してくださったスタジオジブリ

皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

ここから先は私のどうしようもない本音です。バカな人間の戯言です。

 

 

ジブリ4作品の公開が決まったとき、喜んだのだけれど、100%心の底からの

喜びかと思うと違っていました。コロナで奪われたもの・制限をかけられたこと・

変化を余儀なくされたことが多すぎて大きすぎて「コロナがあったから」と

思うことにどうしても違和感がありました。「コロナがあったからこそのこと」

そう思うことは、私が今まで経験してきた変化や・今現在も自粛を強いられている

事柄があまりにも私の中で大きすぎて、「コロナがあったから良かった」なんて

思いたくもなかった。

 

今回のジブリ4作品の再上映は、紛れもなくコロナが無ければ現実にならなかった

ことでしょう。「コロナがあったからこそのこと」だと思います。

でも認められない現実。

 

けれど、今、実際に作品を劇場で拝見して、少し気持ちの変化がありました。

「コロナがあったからこそ」ではなく、「コロナの中だけれど、こんな

嬉しいこともあった」と思えばいいのではないかと。

 

人は、しんどい中でも幸せや喜びを探す生き物だと思います。

辛い中で音楽が生まれた…と言う話を聞いたりもします。

今紛れもなく、しんどい中に居る。だからと言って楽しんじゃいけない

訳ではないと思うし、喜びを模索したっていいと思います。

 

幸せを与えようとしてくれる人が居る。

幸せを受け取る人が居る。

それだって紛れもない事実です。

 

 

 

劇場へ向かうことはまだ、100%良しとされている訳ではありません。

映画館は密室です。

なので、行く・行かないは個人の判断になります。

良い悪いを言うことはできないし、行ってほしいとおすすめすることも

できません。

けれど、私は今回、ジブリ作品を劇場にて拝見してすごく嬉しかったですし、

楽しかったです。

 

また劇場が活気づきますように。

その一歩をジブリが踏み出してくださったかのようにも思えて、

このバトンが次に繋がっていくことを願っています。

 

 

いつだってジブリは、暖かな安心感をくれる。

そして、そっと背中を押してくれる。

 

そんなジブリが私は大好きです。

 

 

一生に何度でも、映画館でジブリを。

 

これから先の未来も、そうありますように。